「報・連・相」は誰のため??
❖「報・連・相」を徹底することってムズカシイ…
「報・連・相をしっかりしなさい。」ゼミなどで企業と組んで何か事業を行っていくときに学生よく言う言葉です。上長(この場合は教員)への報告・同僚や他部署(この場合は仲間や組む企業)への連絡・上長への相談をしっかりと行えということなのはご存知かと思います。しかし、学生に何度言っても解ってもらえないことが多いです。
ある時、ある学生があまりにも「報・連・相」をなおざりにするので、少し聞いてみました。「君は誰のために報・連・相をしていますか?」そうすると怪訝そうな顔をして「先生のためです」と答えてきました。もう少し聞いてみたくなったので「なぜ私のためと思うの?」と聞くと「だって、報告や相談がなければ先生が困るでしょ」とかえしてきました。このとき、学生が「報・連・相」をなおざりにする理由がよくわかりました。私のためにやっているのだったら、適当にやっている今までの行動もしょうがないと感じたわけです。そこで「今後、報・連・相は一切いらない」「ただし、聞いていないことを、聞いているとも言えない」「聞いていない場合、私はその話は聞いていないから知らない。当然、君が責任とってください。ということに決めていいよね」と返してみました。その学生は困った顔をしながら「それって先生の責任放棄じゃないですか」ときたので「知らないことに責任を取れって君はいうのですか?」と言ってみました。この後「報・連・相」は誰のためでなぜ必要かを説いたのですが、私も新人時代に「報・連・相」がなっていないと怒られたことを思い出しました。そういえば、同じように「報・連・相」が何なのかわかってなかった…学生に対し説明をきちんとしていなかったことを反省しました。
❖「報・連・相」は誰のため?
そうなんです。「報・連・相」は報告や連絡・相談をする人のため、この場合学生のためにあるのです。組織で上長の役目は、取り組んでいる事業を成功させること。そのための全責任は上長にあります。部下は上長から依頼され、責任の一端を任されます。任されたものの責任は部下のものです。ここで考えてみてください。部下に任せた仕事は部下の責任でもありますが、全体を任された上長の責任でもあります。部下が「報・連・相」をしっかり行ってくれている限り、部下と上長は責任を共有し、一緒に解決しようとします。しかし「報・連・相」がなかった場合、上長は責任の取りようがありません。そのため、しょうがなく部下を支える梯子をはずすのです。
「報・連・相は自分のため」「報・連・相を行えば周りは同志」「報・連・相を怠ると周りの助けはない」そのように考えると、しっかりと「報・連・相」行わなければならない意味もわかるのではないでしょうか。